大判例

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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)358号 判決

控訴人 国

右代表者法務大臣 小林武治

右指定代理人 北谷健一

〈ほか二名〉

被控訴人 大川修太郎

右訴訟代理人弁護士 蝶野喜代松

右復代理人弁護士 塚本宏明

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張と証拠は、つぎに付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人の主張

弁済供託制度は、供託によって弁済者に債権者の協力なしに債務免除の効果を付与するものであるから、現に弁済すべき債務も存在し、供託が有効な場合には、弁済者は、これによって自分の欲する債務免責の効果を享受し得るのであるから、本来このような場合まで供託者に供託物の取戻を認めなければならない理由は特に存しない。法はこのような場合にまで取戻請求権を認めているが、このような場合の供託物取戻請求権は、弁済供託制度の本来の趣旨からすれば、本質的なものではなく、弁済者の便宜を考えてこのような権利を認めたものと解される。したがって、このような場合、供託物の取戻をする供託者は、これによって当然債務消滅の効果がなくなることを承知のうえで、あえて供託物の取戻をなすのである。したがって、この場合には、その供託物の取戻請求権の消滅時効は、供託物を取戻すことができる時から、すなわち供託の時から進行すると解すべきである。

弁済者が債務免責の効果を享受しようとして弁済供託をしても、弁済の目的たる債務の欠如等により、この要件を欠くときは、その供託は無効であり、債務消滅の効果は発生しない。したがって、供託者は、当然に供託物を取戻す利益を有するものであって、この場合の供託物取戻の利益は、不当利得返還請求権の実質を有する。ところで、不当利得返還請求権の消滅時効は不当利得の発生した時から進行するものであることは言うまでもないから、この場合の供託物取戻請求権の消滅時効も、不当利得の生じた時、すなわち供託の時から進行するものと解すべきである。

供託が有効か否かは当事者の主観において不明でも、客観的には、供託は有効か、無効か、いずれか一つである。そして、そのいずれにしろ、供託物取戻請求権の消滅時効は供託の時から進行すること前述のとおりである。

原判決のように解すると、供託制度自体にとっても大きな不都合を生じる。

「供託により免責の効果を受ける利益」なるものが、当事者間に訴訟問題が発生していることにより生じているものとすれば、供託所としては現行法の制度上その争の有無、程度、争の当否、解決の見込等は一切それを知るに由ないのであるから、あらゆる弁済供託金について永久的に時効処理をすることが出来なくなる。その結果国は、弁済供託金に関する書類を半永久的に保存しなければならないのみならず、又「供託により免責を受ける利益」が消滅した時から一〇年以上経過したのち取戻請求がなされた場合においても、事実上これを拒否することが不可能となる。いかに国家機関だからといって右のような点について審査し、個々の事案に即して個別の取扱をなすことは無理であり、また制度としても適当でない。

供託物取戻請求権の消滅時効の起算点を供託の時としても、供託者は、供託証明書の交付を受ける等の方法により容易に取戻請求権の消滅時効を中断することができるのであるから、債務免責の効果喪失を強要されるということはあり得ない。この時効中断の方法は、長年の間認められて来ているものであり(昭和七年三月一日民事第二一七号民事局長回答等参照、供託関係先例集(1)二五八頁)。しかも供託所には他の申請書見本とともに供託証明申請書の見本も備えて関係人の利用の便に資し、現に相当件数の申請がなされている実情にあるのであるから、この方法による時効中断措置をとることを通常人に期待することは決して無理なことではない。

被控訴人の主張

控訴人は、供託金取戻請求権の消滅時効の起算点を「供託の時」と主張するが、消滅時効の起算点たる「権利を行使しうるとき」とは権利を行使するにつき単に法律上形式的に障害がないというだけでは足りないのであって、権利の性質上その行使が現実に期待できる場合でなければならない。供託者は、原債権が別途消滅しない以上、債務につき免責の利益を受けるために供託を存続せしめておく利益、必要性があるのであり、その反射として、公権的に供託原因発生の原因たる債権の不存在が確定するまでは供託金を取戻すことができないのである。すなわち供託原因発生の原因たる債権の存否をめぐって当事者間に紛争が続いている限り、供託者は、相手方こそ供託金を受領すべきであると主張しているという供託特有の事態の性質があるし、取戻請求権を行使すると自ら自己の主張の基礎たる実体上の効果を消滅せしめる結果となってしまうから、供託者に紛争落着前に取戻請求権の行使を期待することはできない。その意味で供託は、供託者が供託による免責の効果をうける必要がなくなるまでの間は供託者が取戻を拒否する旨の意思表示を被供託者にしているのであって、供託所は、供託者において供託を維持する必要が消滅するまで供託物を保管する義務がある。つまり金銭の弁済供託は、供託者において供託を維持する必要が消滅するまでを不確定期限とする特殊の寄託契約である。したがって、供託者は、供託所に対して不確定期限付供託物保管請求権を有するのであり、右不確定期限が到来するまではこの保管請求権は法的に保護さるべきである。不確定期限未到来のままに供託の時から消滅時効が進行すると解することは、供託物保管請求権につき一方で期限の利益を与えられながら、他方で供託物取戻請求権の時効消滅とともに保管請求権の消滅を予定することになり不当である。したがって供託物取戻請求権も不確定期限付であって、不確定期限未到来の間は供託物取戻請求権の行使に法律上の障害があるというべきである。

控訴人は、事務処理上不都合が生ずると主張するが、かかる観点から供託金取戻請求権の消滅時効の起算点を定めようとすることは本末顛倒である。供託金取戻請求権の消滅時効の起算点は、供託制度の本質からこれを判断すべきであるし、また事務処理の面についても物品供託あるいは供託金を受領するについて停止条件ないし反対給付の履行を条件とした供託の場合には供託の時から一〇年という時効処理はできないのであるから、通常の金銭供託の場合についてのみ供託の時から一〇年という時効処理をするというのでは権衡を失する。また事務処理の便宜ということであれば、従来より停止条件は反対給付の履行を条件とした供託の場合に認められている「仮の時効処理」の措置(昭和六年五月五日民事三五三号先例集二四八頁、昭和七年六月二一日民事甲五九七号先例集二六四頁の各民事局長回答)を通常の金銭供託の場合にも活用すれば足る筈である。

控訴人は、供託者は供託証明書の交付を受ける等容易に時効中断の手続をとりうるから消滅時効の起算点を控訴人主張の如く解しても不都合はないと主張するが、供託者は、供託原因を発生せしめた紛争の相手方が供託金を受領すべきであって、供託者自ら供託所から供託金を取戻すべきではないと主張して争っているのであるから、紛争落着前に供託者に供託金取戻請求権の時効中断の方法を講ぜよと求めることは期待できない。

証拠≪省略≫

理由

まず、被控訴人の本訴が適法であるかどうかを判断する。

債権者が金銭債務の弁済の受領を拒むときは、弁済者は、債権者のために弁済の目的物を供託して、その債務を免れることができ、債権者が供託を受諾せずまたは供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は供託物を取戻すことができることは、民法四九四条および四九六条の定めるところである。

そうして、右供託事務を取り扱うのは国家機関である供託官であり(供託法一条、同条の二)、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けた場合においてその請求を理由がないと認めるときは、これを却下しなければならず(供託規則三八条)、右却下処分を不当とする者は監督法務局または地方法務局の長に審査請求をすることができ、右の長は、審査請求を理由ありとするときは供託官に相当の処分を命ずることを要する(供託法一条の三ないし六)と定められており、実定法は、供託官の右行為につき、とくに、「却下」および「処分」という字句を用い、さらに供託官の却下処分に対しては特別の不服審査手続をもうけている。

以上のことから考えると、弁済供託は、弁済者の申請により供託官が債権者のために供託物を受け入れ管理するもので、民法上の寄託契約の性質を有するものであるが、供託により弁済者は債務を免れることとなるばかりでなく、金銭債務の弁済供託事務が大量で、しかも確実かつ迅速な処理を要する関係上、法律秩序の維持安定を期するという公益上の目的から、法は、国家の後見的役割を果たすため、国家機関である供託官に供託事務を取扱わせることとしたうえ、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けたときには、単に民法上の寄託契約の当事者的地位にとどまらず、行政機関としての立場から右請求につき理由があるかどうかを判断する権限を供託官に与えたものと解するのが相当である。

したがって、右のような実定法が存するかぎりにおいては、供託官が供託物取戻請求を理由がないと認めて却下した行為は行政処分であり、弁済者は、右却下処分が権限のある機関によって取り消されるまでは供託物を取戻すことができないものといわなければならず、供託関係が民法上の寄託関係であるからといって供託官の右却下行為が民法上の履行拒絶にすぎないものということはできない。

なお供託官の処分を不当とする者の監督法務局または地方法務局の長に対してする前示不服審査請求については期間の制限がないのであるが、これは供託官の処分が供託上の権利関係の有無を判断する確認行為であり、これに対する不服につきその利益のあるかぎりは不服を許すことが相当であるから、とくに期間の制限をもうけなかったものであり、このことから供託官の処分を行政処分でないということはできない(最高裁判所昭和四〇年(行ツ)第一〇〇号同四五年七月一五日大法廷判決参照)。

本件においては、被控訴人は、その主張によると、供託官の却下処分に対し、審査請求も抗告訴訟もせずに控訴人に対し直接本訴を提起したのであるから、本訴は不適法であって却下すべきである。

よって、これと異なる原判決は不当であるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 宮本勝美 裁判官菊地博は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡野幸之助)

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